北朝鮮が「地上の楽園」と呼ばれていた理由

北朝鮮関係の情報を調べていくと、地上の楽園と呼ばれる単語が出てきます。北朝鮮とどんな関係があるのでしょうか?

地上の楽園という単語の発端

発端となったのは1950年代に、日本にいる在日朝鮮人のための北朝鮮への帰国事業が始まったことです。

第二次世界大戦の終結で当時日本の領土だった朝鮮半島が日本領でなくなったことにより日本と朝鮮半島を自由に行き来することが難しくなりました。さらに冷戦がはじまり西側の陣営となった日本と東側の陣営となった北朝鮮の間を自由に行き来することはほとんどできなくなってしまったのです。

朝鮮戦争が終結し北朝鮮国内が一段落すると、日本に住んでいる在日朝鮮人を北朝鮮に帰国させる事業がはじまりました。

朝鮮戦争で北朝鮮も韓国も国内はボロボロな状態となっていたのですが、先に復興したのは北朝鮮の方だったため、朝鮮半島に帰る人たちは「韓国よりも北朝鮮の方がよさそう」と考える人が多く、北朝鮮は在日朝鮮人の人たちに対して「北朝鮮は韓国よりも発展している」「衣食住に困ることはない」「地上の楽園である」と大々的に宣伝したのです。

様々な情報が在日朝鮮人の北朝鮮への移住を後押しした

「北朝鮮がかなりよさそう」と判断するための情報は北朝鮮が大々的に宣伝していたものだけではありませんでした。

このころは朝鮮半島の南に存在した韓国のイメージがとても悪かったのです。とくにそれを大きく知らしめたのが新潟日赤センター爆破未遂事件でした、この事件は韓国の工作員が日本でテロを起こそうとした事件です。事件は未遂に終わりましたが、この事件は在日朝鮮人も含め日本にいる人たちが、「韓国がテロ国家である」というイメージを持つのには十分すぎる事件でした。

そのため、「韓国よりも北朝鮮だ」という考えになるのは自然だったといえるでしょう。

さらに、日本の各新聞機関が北朝鮮に対する帰国はまさに良いものだと報道した事も後押しする理由の一つになったと考えられます。

「地上の楽園」の本当の姿

しかし、北朝鮮の閉鎖的な国家の体制のため、実際に北朝鮮に帰国した人たちがその後どうなったのかははっきりとはわかっていません。北朝鮮に身分制度のようなものが存在し、帰国者はその最下層になったとか、強制収容所に送られたとか様々な情報がありますが、実際のところは不明です。

しかし、そういった噂が在日朝鮮人の間で広まると北朝鮮に帰ろうと思う人は少なくなっていき、やがて帰国事業そのものがなくなっていきました。

北朝鮮が大々的に宣伝した地上の楽園という言葉は、今では皮肉を込めた意味に代わっています。

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