北朝鮮と日本の「国交」について

長らく放置状態にあった当サイトですが、北朝鮮情勢が大きく変化したことからまた記事を書いてみたいと思いました。ただ、今回は大きな話題となっている米朝首脳会談ではなく、北朝鮮と日本との「国交」に関する内容を中心にまとめていきます。

日朝の国交

今回、なぜこの内容にしたのかと言うと2018年6月14日に「北朝鮮と国交のある国」の記事において以下のコメントがあったからです。

高堂眞一 より:
2018年6月14日 09:31
みなさん、反朝鮮的な発言をされていますが、根本は1965年の日韓基本条約にあります。第3条で、「朝鮮による唯一の合法的政府」としたからです。
今、全世界で朝鮮を承認していない国は19国しかありません。国交を樹立し、戦前の侵略/占領/物資略奪などを謝罪し、戦争賠償金を保証し、その後戦後補償と絡んで拉致の問題が発生するのです。
朝鮮側から断絶したのではありません。断絶したのは日本です。
歴史的事実は正確に理解しないといけません。

このコメントにおいて、国交を断絶したのは日本とあります。その一方で、同記事の古いコメントにはこんなものもありました。

秋水 より:
2017年5月21日 16:12

厳密には、国交というのは、国同士の仲が「良い」か「悪い」かで結ばれるものでは無く、「安全保障上」の理由で結んでいるという事がほとんどです。

(中略)

日本は、「北朝鮮」と国交がありませんが、これは日本側から「国交断絶」したわけではなく、北朝鮮側から断絶されているに過ぎません。

こちらでは国交を断絶したのは北朝鮮とあります。

ここで私はふと思ったのです。「そもそも日本と北朝鮮との間に国交なんてあったのか?」

国交断絶の定義

そもそも国交断絶とはどういう意味なのでしょうか? ブリタニカ国際大百科事典では以下のような解説があります。

国家間の外交関係その他の交流がとだえること。国交断絶は外交関係の断絶と同じ意味に用いられることが多いが,単に外交関係に限らず,経済関係や個人的交通などを含めて,全面的に国家間の関係が破れることを意味する場合もある。この言葉は国際連盟規約で初めて公式に用いられ,同規約では,国交断絶にいたるおそれのある紛争を平和的処理にゆだねるべきだとした。

引用:国交断絶(こっこうだんぜつ)とは – コトバンク

引用元の記事には他の辞典からの内容も含まれていますが、その中で全体的に共通するのは「国家間の関係が破れること」であり、またブリタニカ国際大百科事典以外の意味を見てみると、「国家間の平和的な関係が破れる」とあります。

ここから読み取れるのは「すでにある程度の良好な関係が結ばれている国家間同士の関係が切れる」ことが国交断絶の意味と考えられます。

過去、日本と北朝鮮に正式な国交はあったか?

それでは、ここで本題となるのは過去に日本と北朝鮮の間に正式な国交はあったのかということになります。

日本と北朝鮮の過去の関係については「北朝鮮の外交事情 日本」に詳しくまとめてありますのでそちらに投げるとして、高堂眞一さんのコメントには日韓基本条約にも触れています。

ここでまた私はふと思ったのです。「日本と韓国は1965年より前は国交がなかったのか?」(北朝鮮まとめサイトをやっておきながらそんなことも知らないのかと思った人はすみません・・・)

北朝鮮も韓国も第二次世界大戦後に建国された

思えば、朝鮮半島は第二次世界大戦までは日韓併合の影響で日本領であり、日本が第二次世界大戦に敗北したことによって日本は朝鮮半島の主権を放棄することとなり、朝鮮半島は北半分をソ連、南半分をアメリカが管理することになります。

その後両国の支援を受けた事により建国されたのが北朝鮮と韓国ということになりますね。

つまり、この段階においては日朝、日韓ともに国交がない状態なのです。このまま放っておけば国交がない状態が続くということになります。国交に関しての話はここからがスタートということになると考えられます。

国交を樹立する機会

日本が北朝鮮、そして韓国と国交を樹立する機会は過去にあったのかを見ていきます。

1952年:サンフランシスコ平和条約

国交を樹立する最初の機会はこのサンフランシスコ平和条約といえるでしょう。日本にとっては第二次世界大戦の清算の意味もある条約であり、日本と戦争を行ったアメリカやイギリスなどといった様々な国と関係を修復し、未来へと歩む第一歩となるわけです。

ここで周辺諸国と平和的に解決し、みんなで未来のことを考えよう! となればよかったのですが、終戦の1945年から1952年のわずか7年の間にアメリカとソ連は対立し、中国は国民党と共産党が再び内戦を始め、北朝鮮と韓国も朝鮮戦争を始めるなどまさにグダグダの状態と化していました。

日本はアメリカの影響を強く受けたためにソ連やソ連の仲間である北朝鮮と対立することを求められたために、北朝鮮と国交を樹立することは困難となりました。

韓国は当時の李承晩大統領が反日的であり、日本に対して賠償を求めましたがアメリカやイギリスが認めなかったために平和条約にも調印できず、韓国との国交を樹立することも困難となります。

(ちなみに、ソ連もアメリカと対立していたことから国交の樹立はできず、中国に関しては中華民国(国民党)と日華平和条約を結んで日中戦争ごとケリを付けて国交を回復したものの、その後共産党に敗北して台湾に追い込まれたことから中華人民共和国が大陸の主導権を握ることになります。当然日本と中華人民共和国との国交樹立もこの段階ではありませんでした。)

長くなってしまいましたが、こうしてみると日本はサンフランシスコ平和条約でアメリカやイギリス等とは国交を回復できたものの、周辺諸国との関係改善は何一つされなかったという残念な結果になったと言えます。

1965年:日韓基本条約

そしてサンフランシスコ平和条約から13年という長い期間をかけて日韓関係の修復が図られました。冷戦中のアメリカとしてはせめて西側諸国同士は仲良くしてほしいという思いもありましたが、竹島問題や戦後補償問題など問題は山積しており、交渉は難航しました。

そして北朝鮮からしてみればこういった動きは日本と「南朝鮮」が勝手に何かをしているという感じに見えたと考えられます。日本でも北朝鮮を無視して韓国と関係を修復することに対しての抗議がありました。

1965年にやっと日韓基本条約が締結され、日本は韓国と国交を樹立することになりますが、未解決の問題も残されておりしばしば日韓関係は悪化することも少なくありません。

冷戦期において韓国と仲良くするということは、それは同時に北朝鮮と仲良くしないという意味も含まれていたでしょう。条約には朝鮮半島の正当な政権を持つのは韓国のみという記述があります。

日本はこのときに韓国に対してお金を渡していますが、その名目は「戦後補償」でも「植民地支配に対する謝罪金」でもなく、「経済協力」となっています(これに関してはWikipediaの「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」に詳しく記述があります、またこうなった経緯に関しては他のサイトでもいろいろとまとめている人がいます。北朝鮮から話題が遠くなってしまうためここで触れるのはこれくらいにしておきます)。

また、この日韓基本条約はアメリカの強い支援があってこそ締結できたというところも重要だと考えられます。

1970年代~:拉致問題が表面化する

ここまでは冷戦の影響によって振り回されたという見方もできますが、1970年代になると北朝鮮による日本人拉致問題が表面化することになります。

これは完全に日本と北朝鮮との2国間の問題であり、この事件は日本が北朝鮮に対して「東側諸国の一員としての敵対勢力」ではなく、「日本人を誘拐した敵対勢力」としての認識が生まれることになり、この出来事がきっかけでもはや冷戦が終結を迎えたとしても日本と北朝鮮が再び関係改善に向かっていくことが難しくなったと言えるでしょう。

1990年代~:核開発、ミサイル問題が表面化する

そして、北朝鮮は冷戦終了後も核開発やミサイル開発を行って度々周囲の反発を買ったため、このような状況で日本が北朝鮮と国交を樹立しようなんてことは考えなかったでしょう。この問題に関しては他の記事でも触れていると思いますのでここでは深く触れません。

北朝鮮と日本はもともと国交なんてなかった

以上から、北朝鮮と日本とは北朝鮮が建国されてから正式に国交があった時期は一度もなかったと言えると考えられます。

そのため、北朝鮮と日本は現在においてどちらかが国交断絶をしたのではなく、そもそも戦後から国交がずっと樹立されていない状況が続いているというのが正しいと言えるのではないかと考えられます。

2002年と2004年には日朝首脳会談も行われましたが、関係改善とまでは行きませんでした。

2018年6月12日の米朝首脳会談より

6月12日にアメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長が首脳会談を行い、朝鮮半島情勢の関係改善が期待されていますが、これを期に日本と北朝鮮が国交を樹立する流れになるとした場合、それは非常に困難な道のりとなることは避けられないでしょう。

高堂眞一さんのコメントの中には「国交を樹立し、戦前の侵略/占領/物資略奪などを謝罪し、戦争賠償金を保証し、その後戦後補償と絡んで拉致の問題が発生するのです。」とあります。確かに北朝鮮は過去にこれを要求してきたこともあります。

この要求は日韓基本条約締結前における韓国もずっと主張し続けてきたものであり、日本はこれに対しては強い反発をしてきたという過去の出来事を見ると、そう簡単に両国の関係が改善するとは考えにくいのではないかと思われます。

ましてや、日韓基本条約のときは戦後からまだ20年ほどしか経っていなかったことや、今ほど情報の伝達も良くなかった状況(インターネット等がなかった)であり、北朝鮮は反発したものの蚊帳の外であり、なおかつこのときはアメリカがなんとしても両国を仲良くさせたいという圧力とも言える強い力があったにもかかわらずにサンフランシスコ平和条約から13年という長い年月がかかっています。

今の状況は戦後から70年以上も経過しており、インターネットがあるために様々な情報がすぐに拡散され炎上や団結等が起こりやすい環境ができており、この問題に対して韓国が果たしてどれくらいの反発をしてくるのかが未知数であり、アメリカも日朝関係に対して積極的に介入するメリットがあまり見当たらない状況(日本が自国のみで解決しなければならない可能性が高い)、さらにそれに加えて核開発、ミサイル、拉致問題と言った日韓基本条約のときにはなかった問題が山積している状況です。

もし国交の樹立をするにしても、個人的には問題の解決に着手し始めてから10年~15年でできれば早いほうなのではないかと考えられます。(あまり調べずに書いたところもあるため、間違い等がありましたらすみません。)

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