北朝鮮の外交事情 ソビエト連邦

外交

北朝鮮と他国との関係は一体どうなっているのでしょうか?

今回はソビエト連邦との関係について見ていきたいと思います。

そもそもソビエト連邦ってどこの国?

年配の方はソビエト連邦(略してソ連)と聞くとどこの国かすぐにわかると思いますが、若い人にはソ連という国を知らない人もいるかもしれません。しかしそれは仕方のないことです。なぜならソ連という国はもうこの世に存在しないのですから。

ソ連という国は1922年から1991年に存在した国です。ではどこに存在したのかを地図で表してみると・・・

ソ連の領土

赤い部分がすべてソ連の領土です。

(地図を用意するのが面倒だったのでとあるゲームからひっぱってきました。1936年の地図です。正確ではないかもしれませんがだいたいこんな感じです)

大きい! 大きすぎる! 現在世界で一番面積の広い国はロシアで、1710万平方キロメートルですが、ソ連の面積はそれよりも広い2240万平方キロメートルです。東は中国から西はポーランドやフィンランドまであります。

ソ連は東西冷戦時代においてアメリカと唯一対抗できると考えられていた国であり、東側諸国のボスでもありました。世界で一番最初に有人宇宙飛行を実現させた国もソ連です(1961年)。

建国時の北朝鮮はソ連の支援を受けていた

北朝鮮が建国できたのはソ連のおかげともいえます。第二次世界大戦の末期においてソ連は日本から朝鮮半島の北部を自国が支配することに成功し、そこでソ連の支援を受ける形で北朝鮮は独立を果たしました。

朝鮮戦争においてはソ連はアメリカと正面から戦うことを恐れたため表立っての支援はしなかったものの、北朝鮮に武器の支援や軍事顧問を派遣したり、ソ連の空軍のパイロットを北朝鮮空軍と偽ってちゃっかり参戦してたりしていました。

時間がたつにつれて関係は微妙に

北朝鮮の建国時こそ仲の良かった北朝鮮とソ連ですが、1960年、1970年と時代が変化するにつれてその関係は微妙なものになっていきます。

金日成はソ連から独り立ちするかのように社会主義にかわる主体思想を掲げるようになります。また、中国とソ連の関係が微妙な状態になり始め、北朝鮮は両国の顔色を伺いながら外交を行わなければなりませんでした。それでもソ連にとっては北朝鮮は地理的に西側諸国との緩衝地帯であることにかわりはなく、北朝鮮と軍事同盟を締結したりと、両国の関係はよいとも悪いとも言いづらい状況になっていきました。

関係がさらに悪化、そしてソ連崩壊へ

1980年代に入るとソ連が西側諸国と協調路線をとるようになります。北朝鮮はあまり西側諸国と仲良くする気はなかったため、この考えの違いが両国の仲をさらに悪くしていきます。

1987年に北朝鮮は韓国のソウルオリンピックを妨害するために極秘に大韓航空機爆破事件を起こしますが、北朝鮮が実行したという事がバレてしまい、西側諸国はもちろんソ連を含む東側諸国からも「テロ国家」といわれてしまいました。(この時期は様々な理由でオリンピックの参加ボイコット合戦が起きていて、北朝鮮は秘密裏にこの事件を起こすことによって東側諸国が1988年のソウルオリンピックをボイコットすることを期待していたと考えられています。)

 

そして、世界から孤立していく北朝鮮をよそに、ソ連は1991年に崩壊し、北朝鮮とソ連の関係はソ連を引き継いだロシアへと変わっていきます。

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