朝鮮戦争5 「膠着 ~ 38度線、そして停戦へ」

歴史

朝鮮戦争最後のまとめです。中国軍の介入により戦況は再び予断を許さない状況になってきました。

再び南進する北朝鮮軍と中国軍

さて、前回の記事ではほとんど中国軍が主役になっていましたが、この状況に北朝鮮軍もともに南進します。そして多国籍軍に一時は取られていた平壌も奪還することに成功します。しかし、中国軍の勢いもこのあたりからなくなっていきます。

 

戦線が38度線から動かなくなった

勢いがなくなってきた中国軍と北朝鮮軍。

急に中国に介入されてやる気が削がれたアメリカ軍と韓国軍。

1歩でも前に進もうと両軍において様々な作戦が実行されましたが、どの作戦も状況を大きく変えることはできませんでした。もはや長引く戦闘にみんな疲れ切っていたのです。そして、トルーマン大統領は1951年3月24日に「停戦をしよう」という声明を出す準備も始めました。

 

マッカーサーの暴走が止まらなくなってきた

この状況で、まだ高い士気を持っている人がいました。それはマッカーサーです。

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マッカーサーはトルーマン大統領の声明の予定を聞くと、「中国を叩く!」と勝手に言いだし、再び多国籍軍に侵攻を命じました。さらに、「中国と対立している台湾軍を投入するべきだ」「原子爆弾を使うべきだとまさに過激な発言が目立つようになりました。

このままでは中国国内にまで戦争が拡大し、さらにソ連が出てくるかもしれない・・・そうなればまさに第三次世界大戦がはじまってしまうことになります。さすがのトルーマン大統領もこれらのマッカーサーの行動に怒り、マッカーサーを多国籍軍の司令官から解任しました。

もし原子爆弾が使われていれば、北朝鮮または中国が日本に続く戦争被爆国になっていた可能性もあります。

 

そして停戦へ

ソ連も停戦には賛成でした。そのため、停戦するための交渉が始まりました。しかし、停戦するにあたっては北朝鮮、韓国ともに少しでも自国が有利になるように調節しようとしたため、交渉は難航しました。それでも両国が一応納得できる停戦案が「板門店」で締結されました。

 

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板門前

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板門前の建物内です。

 

こうして、北朝鮮、韓国両方に大きな損害を出した朝鮮戦争は1953年7月27日に停戦という形で終結したのです。

金日成が目指した朝鮮半島の統一は実現することはありませんでしたが、北朝鮮ではこの7月27日は「アメリカに勝利した日」として記念日になっています。これが勝利といえるのかはわかりませんが・・・

 

現在

朝鮮戦争は「停戦」扱いになっているため、形式上は北朝鮮と韓国は戦争状態になっています。しかし、これは今となっては言葉遊びの次元になっていて、両国はこの朝鮮戦争以降、大規模な衝突は起きていません(小規模な衝突は何度か発生している)。両国の関係改善の見通しは立っておらず、この状況がいつまで続くのかはわかりません。

 

以上、朝鮮戦争についてまとめてみました。いかがだったでしょうか? 色々と間違っているところもあるかもしれませんが、朝鮮半島で過去にこんなことがあったということを知ってもらえたら幸いです。

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