北朝鮮の外交事情 日本

外交

北朝鮮と他国との関係は一体どうなっているのでしょうか?

今回は日本との関係について見ていきたいと思います。

日本は北朝鮮の建国時から「朝鮮民主主義人民共和国」の存在を認めなかった。

戦後民主主義の道を歩むことになった日本政府は反共主義だったため、共産主義を掲げた北朝鮮を認めませんでした。しかし、これを認めなかった勢力(北朝鮮の存在を認める勢力)もいました。この勢力の中には朝鮮人活動家もいて、この人たちが1955年に「朝鮮総連」を設立しました。

朝鮮人にとって「帰国」のチャンスが来た

朝鮮半島と日本列島が別々の国になったため、自由に行き来することができなかった北朝鮮と日本ですが、1959年に日本赤十字社が帰国事業を始めました。朝鮮人にとっては北朝鮮に帰るチャンスが現れたのです。

しかし、この事業は長続きしませんでした。その主な理由は

  1. 北朝鮮の経済状態が著しく悪かった
  2. 金日成が日本から来た朝鮮人を「スパイ」と疑い、処刑または強制収容所に入れたため

があげられます。北朝鮮はこのころから情報統制が強かったようですが、悪い噂はすぐに広まり、北朝鮮に帰りたいと思う朝鮮人はいなくなりました。

 

一方で、日本の政治体制に反抗していた組織に所属していた日本人が北朝鮮に亡命した事件もありました。(1970年、よど号事件)

現在の日朝関係を語るには外せない「拉致問題」

拉致問題は現在まで続く問題であり、非常にデリケートな問題ですのでここではあえて詳しくは書かないことにします。もっと知りたいという方は他のサイトをのぞいてみてください。

1980年代から日本の北朝鮮に対するイメージは悪くなる。

上にあげた拉致問題をはじめ、この時期から北朝鮮のイメージが悪くなる事件がたびたび発生します。

日本の貨物船の乗組員が北朝鮮に拘束された第十八富士山丸事件(1983年)、ビルマ(ミャンマー)のラングーン(ヤンゴン)という場所に訪問していた韓国の大統領を北朝鮮の工作員が暗殺しようとしたラングーン事件(1983年)、日本人に成りすました北朝鮮の工作員が旅客機を爆破した大韓航空機爆破事件(1987年)などがありました。

2000年代に入るとミサイル発射や核実験などで大きく報じられるようになりました。

こういった事が立て続けに報道されれば、日本の北朝鮮に対するイメージが悪くなるのは必至でしょう。

2002年に日朝首脳会議が行われるも・・・

2002年に日朝首脳会談が行われ、北朝鮮は拉致問題の一部を認めました。しかし、北朝鮮からの回答は日本が納得するものではなかったため、この日朝首脳会談で日朝関係が改善したとは考えにくいでしょう。

 

2018年現在、日本は北朝鮮に対して制裁を行っていますが、これだけいろいろな事件があったにもかかわらずに2005年までは北朝鮮と貿易を行っていたようです。北朝鮮の中で見かける日本製品はこの貿易によって入ってきたものも多くありそうですね。

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